花束のかわりに植物を選んだ、
という声について
花束の代わりに植物を選ぶ人が増えている、という声をよく聞く。 理由はシンプルで、花束は数日で終わってしまうけれど、植物は渡した後も育っていくから。 「枯れて終わる贈り物」ではなく「これから始まる贈り物」を選びたい、という気持ちがそこにはある。

「今回は花束じゃなくて、植物にしようと思って」。 そう話す人に何人か会ったことがある。特別な理由があるわけではなく、なんとなく、という人も多い。 けれど話を聞いていくと、その「なんとなく」の奥に、共通した違和感があることに気づく。
「きれいなまま終わる」ことへの、少しの引っかかり
花束は、受け取った瞬間がいちばん美しい。そこから先は、どれだけ手をかけても徐々に色を失っていく。 それ自体は花束の良さでもあるのだけれど、「渡した気持ちも、花と一緒に終わってしまう気がして」と話してくれた人がいた。 贈られた植物が、その後どう育っていくかを見届けられる贈り物のほうが、 気持ちが続いていく感じがする、というのがその人の理由だった。
育てる時間そのものが、贈り物に加わる
植物を選んだ人の多くが口にするのは、「その後の時間まで一緒に贈れる」という感覚だ。 水を替える、葉の向きが変わる、新しい葉が開く——そうした小さな出来事が、渡した後もずっと続いていく。 お礼の気持ちを、植物に込めて渡すときも同じで、 その日一日の気持ちだけでなく、これから先の時間ごと手渡しているような感覚があるという。
それでも、選ぶときには少し迷う
とはいえ、植物を贈ることに迷いがなかったわけではない。 「重かったり、置き場所に困らせてしまわないか」という心配は、多くの人が一度は口にする。 水耕仕立てで軽く、水やりの手間も少ない植物を選ぶことで、その迷いは小さくできる。 花束のような華やかさとは違う形で、相手の暮らしに残る贈り物になる。
渡した瞬間で終わる贈り物と、渡した後から始まる贈り物。どちらも良さがあるけれど、選べることが増えたのだと思う。
花束の代わりに、という言い方をしたけれど、優劣の話ではない。 ただ、渡した後も育っていく時間を贈りたいと思ったとき、植物という選択肢があることを知っておいてもいいはずだ。
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