玄関を出るとき、
植物に目をやる数秒

玄関に一鉢置くと、出かけぎわの数秒だけ、視線の行き先が増えます。 日当たりの少ない場所でも、水耕仕立てなら下駄箱の上に気負わず置ける。 一日のはじまりに緑を見る、その短い時間の話です。

玄関脇の小さなスツールに置かれた、水耕仕立ての観葉植物

靴を履いて、鍵を持って、ドアノブに手をかける。 その間のほんの数秒に、玄関の隅の一鉢へ目をやる日があります。 何かをするわけではありません。ただ、見る。

出かける前はたいてい急いでいて、部屋の中のものはほとんど目に入っていません。 それでも玄関にひとつだけ緑があると、その数秒だけは視線が止まります。

いちばん急いでいる場所に、ひとつだけ

玄関は、家の中でいちばん通過されやすい場所です。 立ち止まる用事がなく、靴を履くあいだだけ滞在して、すぐ出ていく。 だからこそ、そこに何かひとつ置いておくと、通り過ぎる速度が少しだけ落ちます。

本棚の隙間に、小さな緑を置くときと似ていますが、 玄関の場合は「見る時間」がもっと短い。 長く眺めるための場所ではなく、視界の端をかすめるための場所です。 それでも、朝と夜に二度、必ず通る。一日のなかでいちばん確実に目に入る一鉢になります。

光が少ない場所に、どう置くか

玄関に植物を置くとき、多くの人がまず気にするのが日当たりです。 窓がない、あっても小さい、日中は暗い。たしかに条件はよくありません。

それでも、日中に人の顔が見える程度の明るさがあれば、ポトスやモンステラのように もともと薄暗い林床で育つ植物は保ちます。成長はゆっくりになりますが、 玄関の一鉢に求めているのは早い成長ではなく、そこにあること自体です。 気になるようなら、週末だけ窓辺に移して光を当てる。 朝の光が差し込む時間と、植物の影で書いたような時間を、 休みの日にだけ持ち込むような置き方でも十分です。

水耕仕立てを選んでいるのは、玄関という場所の事情にも合うからです。 土がこぼれず、受け皿から水が滲む心配もない。 下駄箱の上の限られた面積に、靴べらや鍵置きと並べて置けます。

見るだけの世話、ということ

出かけぎわに目をやるだけでも、水位が下がっていることには気づきます。 気づいたその日の夜か、次の朝に足す。 世話の時間をわざわざ確保しなくても、通り道にあるというだけで手が届く。

玄関の一鉢は、部屋の中の植物より少し放っておかれます。 それでも枯れずにいるのは、たぶん、一日に二度は必ず見られているからです。

いちばん急いで通る場所にこそ、立ち止まる理由をひとつ置いておく。

帰ってきてドアを開けたとき、その緑がまだそこにある。 それだけのことが、案外、一日の終わりに効いてきます。

Lamasiaの植物は、玄関のような限られた場所にも置きやすい水耕仕立てでお届けしています。

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