植物に添える言葉に、
迷った日のこと
植物に添える言葉は、長く書かなくていい。 どこに置いてほしいかを一言だけ書くと、渡したあとの時間まで一緒に手渡せる。 小さなカードを前にして、しばらく手が止まっていた日のことを書いておきたい。

贈るものは決まっていた。あとはカードに一言添えるだけ、というところで手が止まった。 おめでとう、とだけ書けばいい気もしたし、それだけでは足りない気もした。 花や菓子と違って、植物はこのあと相手の部屋で時間を過ごしていく。そのことをどう書けばいいのか、しばらく分からなかった。
説明を書こうとすると、長くなってしまう
最初に書きかけたのは、水の替えかたと、置き場所の目安と、ハイドロボールのことだった。 親切のつもりで書いていたのに、読み返すと取扱説明書のようになっていて、破って書き直した。 贈られた側からすれば、届いた瞬間に読みたいのは手順ではない。育て方は同梱のカードにも書いてあるのだから、 手書きの言葉まで同じ役割を担う必要はなかった。お礼の気持ちを、植物に込めて渡すときも、 結局いちばん短い一文が残った。
置き場所を、ひとつだけ提案してみる
結局書いたのは、「朝の光が入る窓辺が似合うと思います」という一行だけだった。 相手はそれを読んで、その日のうちに置き場所を決めたらしい。あとから聞いたところによると、 提案された場所とは違う棚に置いたそうで、けれど「どこに置こうか考えるところから始められたのがよかった」と言っていた。 誕生日に、植物を選ぶということでも同じことを思ったのだけれど、 贈り物に添える言葉は、答えを決めるためではなく、相手が考えはじめる入り口をつくるためにあるのかもしれない。
これからの時間に、少しだけ触れる
もうひとつ避けたのは、「枯らさないでね」という言い方だった。 冗談のつもりでも、受け取った人は世話の責任を先に感じてしまう。 植物を贈るときの言葉は、これまでの気持ちを伝えるだけでなく、これから始まる時間の側に向けて書くと収まりがいい。 葉が増えたら教えてください、くらいの軽さで十分だった。
言葉が短いほど、そのあとの時間が長く残る。カードの余白は、埋めなくてよかったのだと思う。
いまでも贈るたびに少し迷う。けれど、書きすぎたと後悔したことはあっても、短すぎたと後悔したことはまだない。
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