朝の光が差し込む時間と、
植物の影

朝、レースカーテン越しに差し込む光は、ほんの数分しか続かない。 窓辺に置いた一鉢に当たると、壁や床にやわらかな葉の影が伸びる。 その短い時間を眺めるためだけに、少し早く起きるようになった。

リネンのカーテンに朝の光が差し込み、手のひらに乗せた小さな観葉植物に影が落ちる様子

平日の朝は、光を眺めている余裕なんてないはずだった。 それでもカーテンを開けて湯を沸かす数分の間、 窓辺の植物に光が差し込む瞬間だけは、つい目で追ってしまう。

時間にすれば十分にも満たない。 太陽の角度が変わればすぐに消えてしまう、一日でいちばん静かな光。

光より先に、影に気づく

不思議なもので、光そのものより先に気づくのは影の方だった。 壁に伸びた葉の輪郭、テーブルに落ちた細い茎の線。 影の濃さや形は、季節や時間で少しずつ変わる。 同じ場所に置いているのに、昨日と今朝とで景色が違う。

その変化に気づけるようになったのは、植物を迎えてからのことだ。 何もない窓辺だったら、光が差しているかどうかさえ意識しなかったと思う。

窓辺という、特等席を譲る

レースカーテン越しの明るさで十分だと分かってから、 部屋のいちばんいい場所を植物に譲ることに、迷いがなくなった。 強い直射日光でなくていい。ただ、朝の数分だけでも光が通る場所を選ぶ。

水耕仕立てなら、鉢の下に水を気にする必要もないから、 窓枠のすぐ内側やレースの手前にも気兼ねなく置ける。 光が届く特等席を、植物のために空けておく。それだけのことだ。

光がない日も、そこにい続ける

もちろん、曇りの朝や光が届かない日もある。 それでも植物は、光のあるなしにかかわらず同じ場所にい続けてくれる。 視界の端にあるという安心感は、 光が差す日だけの話ではない。

むしろ、光が差した朝の特別さに気づけるのは、 そうでない日常があるからなのかもしれない。

光を育てているわけではない。ただ、光が通り過ぎる場所に、いてもらっているだけ。

もし朝の支度に追われて、窓の外すら見ていないなら。 レースカーテンの内側に、小さな一鉢を置いてみてもいいかもしれない。

Lamasiaの植物は、レースカーテン越しの明るさでも育つ水耕仕立てでお届けしています。

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